■障がいを持って生まれた妹の存在が根っこに
「今の私の原点、それは障がいを持って生まれた妹がいたこと」だと言う。
「彼女の友人をはじめ、多くの障がい者の方たちと接するなかで、障がい者自立運動というものを知りました。学生のときは、そのことを深く自分で追求したいと思っていました」
アメリカでは、全面的に介護が必要な人であっても人格が尊重され、障がい者自身の選択権と自己決定権が尊重されている。
「とくに障がい者自立運動の発祥地であるバークレーは、どんなに重度の障がいがある人でも、自立して生活し、いきいきと暮らしていると聞き、そこで本格的に勉強してみたいと留学しました」
■アメリカでの経験を日本の社会福祉に生かす
学生時代は、現地の社会福祉部でインターンとしてソーシャルワーカーを経験。論文の研究に明け暮れた。卒業後は、フレンドシップセンター(視覚障がい者自立生活支援センター)に勤務し、目の不自由な人の自宅にうかがい、相談にのったりサポートしたりした。
「中途失明者へのカウンセリングなども経験。ここでは、本当に多くを学びました」
そして、帰国後、福島介護福祉専門学校で講師として働き、2000年2月に地元福島県保原町議会議員に出馬、初当選を果たす。
「ちょうどその年の4月から公的介護保健制度がスタートされるというなかで、ぜひ今までの経験を生かしてほしいという地元の方々のお声かけもいただき、立候補しました」
もちろん、自身にも、アメリカで培った経験、キャリアを故郷の介護・福祉に役立てたいという思いもあった。
■介護する人、される人が満足いく制度づくり目指す
旧保原町議2期を経て、昨年の伊達市議選保原選挙区でトップ当選を果している。そして、さらに国政への参加が実現できれば、これまでの伊達市議の経験を生かし、地方と生活を重視した国づくりを目指したい。意欲は膨らむ。
「医師不足の解消、介護従事者の雇用条件の改善、年金支給問題など、介護・福祉の面だけでも、日本は相当問題を抱えています。それらの救済策を講じ、高齢者や障がい者など弱い立場にある人々が不安のない、安心できる国づくりを進めたい。介護する人、される人が満足のいく介護保険制度の確立と、障がい者の自立の推進も大きな課題です」
尊敬する人は日本のナイチンゲールと言われた瓜生岩子。自身もまた社会福祉活動に全身全霊を捧げるつもりだ。 |